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大槌便り:第六章 アジトとの交流の旅④

宿舎に到着したのは18時でした。ほどなくして、太地君も到着し、19時からの夕食には間に合うことになりました。ようやく本格的な高校生間の交流がはじまります。

夕食では、円形テーブルがあり、ちょうど高校生が座れる人数なので、ここに座ってもらい、みんなの顔が見られる(ちょっと恥ずかしかったかも・・・)ような状況となりました。

朝日新聞の原田さんも埼玉での取材を終えて駆けつけてきてくれました!これで全員集合となり、おいしい食事に舌鼓を打ちながら、会話も弾んでいました。


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20時から、夜のプログラムを行いました。それぞれが話したいことを付箋に書き出し、類似する内容の多い話題から、話を進めていきました。

「好きな○○」が一番多い事柄。地域(大槌、東京)について、高校生らしいのは異性について。

アジトからは「何で大槌に来たのか」といったことも話題にあがりました。

太地君、翔君が広尾高校生に「大槌のことを知ろうとしてくれてうれしい」「自分から進んできてくれたことがうれしかった」と伝えてくれました。

1時間のプログラムで、アイスブレイクとこの後のフリータイムのための導入といった位置づけで行いましたが、思いのほか盛り上げり、楽しい時間となりました。

あとは、自由に交流をしてもらいました。トランプをしたり、話で盛り上がったりと・・・、思い思いの時間を過ごしたようです。

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翌朝、朝食で顔を合わせたときには、ロビーで朝までトランプをやっていた・・・と話してくれました。7時には太地君、翔君が大槌に向かうため、できるだけ一緒に時間を過ごしたかったのかもしれません。眠い目をこすりながら、今日だけだからとがんばった姿、表情に満足感があふれ出ていました。

広尾高校生が帰りのバスのなかで、お互いをさらけ出し、楽しげに話していました。それを周りの大人たちがニコニコしながら聞いていました。うるさいとか騒がしいともいわずに・・・。「見守る」とはいいますが、こんな感じなのかもしれません。

「楽しかった」それが3日間の高校生の総括でした。次につながる一歩となったかなと思います。私たちにとっても、素敵な3日間となりました。

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ピアサポーター・ユースワーカー・現地調査担当
石川 隆博Profile

   
 

大槌便り:第六章 アジトとの交流の旅③

片付けは、大人の方々を中心に行い、高校生は、安渡分館長の関さん、大槌町社会福祉協議会の菊池さんとの情報交換を行いました。

関さんからは、震災前後の安渡地区の様子を写真パネルを使って紹介いただきました。安渡小学校が避難所として、校庭に仮設住宅が立ち並ぶなかで、ご自身がどんな動きをされてきたのかなど詳しく話をしてくれました。

菊池さんは、社会福祉協議会の仕事の様子やご自身が再び大槌に戻って就職をした時の心情などを語っていただきました。

関さんと近所だった翔君も自分の心情を語ってくれました。「関さんのように分館長になりたい」とぼそっと言葉にした翔君に地元への想いを感じました。

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新田さんは小学校の玄関前でアクセサリーづくりを行い、仮設で暮らす方々が集まり、大きな輪ができていました。数珠玉を使った腕輪が人気を集めていました。

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時間が過ぎるのは早いもので、お別れの時間となりました。しかし今回はここで終わりではなく、みんなで盛岡に、合宿を行います。模擬試験のため、合流が遅れている太地君とも現地で会うことになります。

関さんが仮設の方々に放送を流してくれると、仮設からおばあちゃん方がバスの周りにでてきてくれました。高校生がひとりひとりと握手をし、別れがたい、そんな雰囲気でした。「おばあちゃん、かわいい」と高校生がいえば「めんこいな」とおばあちゃん方。姿が見えなくなるまで手を振り続けていました。

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バスの到着が遅れたこともあり、思いのほか時間が取れて、災い転じた感じでした。トイレ休憩も含め、「産直結ゆい」を訪れました。岩間さんが先導していただけることになり、大槌町でのプログラム全行程にご参加いただきました。あいりがとうございました!

「産直結ゆい」では、大人を中心に、大槌町の特産品やグッズを購入していただきました。高校生は、ソフトクリームに舌鼓。翔君は「こんなところがあるとは知らなかった・・・」。阿部さんの奥さんとお会いしたところ、つみれ汁の食材で多大なご尽力をいただいたのことでした。この場を借りて改めて感謝の意を伝えたいと思います。ありがとうございました!ご参加いただいた方々には、大満足いただけました。できるだけ地元にお金を落としていただくのも大事なことと思い、できる限りであの手この手をやってみました。

農林水産復興大会にて賞を受賞したはちみつです。
こちらの「被災地支援物品販売・ふるさとや」にてお買い求めいただけます。

ここでお世話になった岩間さんともお別れ。娘を持つお父さんの心情を、「お父さんは、ここでの経験を話してくれることを待っているはずだよ」プライベートのことも含め、高校生に語りかけていただきました。涙をながし、ニット帽をとって、私たちのバスが見えなくなるまで、大きく手を振っていただきました。胸を打つ、脳裏に焼きつく素敵な時間でした。

そして一路、盛岡市内の宿泊施設サンセール盛岡に向かいました。

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ピアサポーター・ユースワーカー・現地調査担当
石川 隆博Profile

   
 

大槌便り:第六章 アジトとの交流の旅②

安渡小学校では、阿部さんを中心に、新田さん(もりおか地域若者サポートステーション)、仮設住宅に暮らす女性たちが、昼食の準備をすすめていました。大槌巡りから戻った高校生は、おらがからの依頼があり、11月11日に開店をむかえる復興食堂の看板づくりをしました。大人の皆さんは、昼食づくりに加わりました。

学校で文化祭が行われているなか、先生の格段の配慮もあって、アジトの翔君が到着し、広尾高校生と合流しました。看板づくりでは、引き続き岩間さん(なんと復興食堂の店長さんでした!)にかかわっていただきました。ガレキの板を土台に、高校生がデザインを考え、色を選び、塗り、完成させます。制限時間は1時間。侃々諤々の話し合いのなかで、11月11日が鮭の日にあたることを知り、鮭をモチーフにすることにしました。調理室にある鮭の絵を描き写し、木材に大きく描き、色づけしていきました。高校生たちのセンスと工夫がある看板となりました。「復興食堂」と書いた文字のグラデーションがとても美しい仕上がりになりました。

一方、昼食づくりでは、以前から親交のある「立ち上がれ ど真ん中 おおつち」さんの加工品の「さんまのつみれ」をメインとし、「産直結ゆい」さんの地元野菜をふんだんに盛り込んださんまのつみれ汁をつくり、さらに地元の新米を使ったおにぎりづくりを行いました。既にほとんどのものが出来上がっていまししたが、おにぎりづくりに参加し、仮設で暮らす方々との交流を行いました。

11時30分すぎには、看板も昼食も出来上がりました。体育館では、安渡地区の復興会議が行われていて、地区の多くの方々が参加していました。つみれ汁とおにぎりを提供し、皆さんとともに食事を楽しみました。「おにぎり美味しいね」「地元の新米ですから」「いやいや、握り方がいいんだよ」と一緒に昼食づくりをした女性が、東京から来た若者に声をかけます。

和気あいあいとしたほほえましい、そんな雰囲気が広がっていました。つみれ汁が評判で、「もう残っていない?残念」とか「つみれがなくてもいいから、汁だけちょうだい」とか、「鍋を持ってくるから、お汁をちょうだい」、みるみるうちに寸胴のなかのつみれ汁はなくなり、完食でした。岩間さんが、「こんなことは珍しい、うれしいいな。写真を撮りたい!」と空になった寸胴を、ホントに嬉しいそうな笑顔でファインダーに収めました。

 

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ピアサポーター・ユースワーカー・現地調査担当
石川 隆博Profile

   
 

大槌便り:第六章 アジトとの交流の旅①

8月に行った「安渡子どもまつり」に続き、「安渡地区での高校生グループと広尾高校生と交流プロジェクト」の第2弾を10月28~30日に行いました。今回は、広尾高校生6名を含む18名が東京から大槌町を訪れました。

恵比寿を22時に出発し、高速道で3カ所の休憩、道の駅「遠野風の丘」で朝食・休憩をとり、8月同様、釜石市街から大槌町には8時に到着しました。10時30分まで、地元の方に同乗してもらい、甚大な被害に見舞われた大槌町を解説してもらいながら、町内を巡ることを行いました。現地での調整を行っていただいた「おらが大槌夢広場創造委員会(以下:おらが)」代表阿部さん、副代表の岩間さん、大槌高校3年生の沢田さんとお会いし、岩間さん、沢田さんに同乗していただくことになりました。

 

最初に訪れたのは赤浜地区。マスコミで多く報じられた民宿の上に遊覧船が乗った光景。既に遊覧船は取り除かれていましたが、時間が経過し、地元の方々の声として、震災を記憶に残すモニュメントして残そうという意見もあるそうです。周囲の建造物がなくなるなか、白い壁の建物、さらにいまだに撤去されずに残っている漁船が津波の威力を感じさせます。

 

次に訪れたのが、東京大学海洋研究所国際沿岸海洋研究センターです。目の前には大槌湾、ひょっこりひょうたん島のモデルになった蓬莱島が近くに見えます。防波堤が所々で崩壊し、海が間近に見えます。しかし今この場で見る海の穏やかさ、きらきらと朝の日に輝いていました。後ろを振り返ると建物の3階まで津波が達し、2階までは窓枠しかありません。一瞬にして全てのものを飲み込んでいったのが津波であることをまざまざと見せつけられた感じでした。

 

そして、次に向かったのは城山公園。大槌町が一望できる高台に行きました。高台から見渡してみると、残っている建物が少ないことを感じます。岩間さんによると、津波の影響は、地域によって異なるそうです。特に大槌では火災が発生したことで、木造建築物は焼けてしまい、何も残っていない印象になるとおっしゃっていました。火災はプロパンガスが原因と見られているそうです。沢田さんは避難所での生活、大槌高校での支援を行った経験を語ってくれました。食糧が足りなくて、おにぎりを分け合ったことなど・・・。

 

最後に、津波で持ち主がわからなくなった写真を集めた写真展会場を訪れました。地区ごとであったり、写真の内容ごとであったり、ボランティアの方々のご努力と、持ち主に戻してあげたいという気持ちが伝わります。多くの写真が残されていることを知りました。手にとって写真を見てみると、それぞれの幸せを感じさせる1枚があり、なんともいえないむなしい気持ちになりました。

大槌町の状況を知り、安渡小学校に戻るバスの中は意気消沈気味でした。しかしながら、それぞれがこの現実を受け止めるための時間だったと思います。岩間さん、沢田さんまだまだ話しにくいこともあったと思いますが、率直に今感じていることを語っていただきました、ありがとうございました。

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ピアサポーター・ユースワーカー・現地調査担当
石川 隆博Profile

   
 

大槌便り:第五章 時間が足りない

今回から、赤い羽根「災害ボランティア・NPO活動サポート基金」助成事業として、大槌町安渡地区とのかかわりを大切にし、中高生による居場所づくりをサポートします。


大槌がより近くなりました

これまで、盛岡市玉山地区の若者チャレンジ合宿所を拠点に大槌町まで伺っていましたが、運転手の負担軽減を第一に、遠野市内で宿舎を見つけることにしました。遠野市からであれば、大槌までは1時間ぐらいとなるので、朝がだいぶ楽になります。

遠野で一泊し、7時40分すぎに宿を出ました。この日は冷え込みの厳しい、とても寒い朝でした。沿岸部へと結ぶ仙人峠では、10度を下回る温度でした。沿岸部に入ると、がれき等は区別され、ひとまとまりとなり、半壊の建物も撤去され、更地の状況になっていました。海に向かって、眼前に遮るものはなく、広大な土地が広がっている感じでした。

9時前には、安渡小学校に到着しました。この日は、安渡小学校に大型テントを張り、子どもの遊び場を確保し、提供してきたNGO団体の「パレスチナ子どものキャンペーン」さんが、佐野屋に活動場所を移したこともあって、安渡地区(避難所時や仮設住宅で暮らす)の方々、子ども達への感謝の気持ちを込めたイベント開催日と重なりました。

事前に、災害本部長だった佐藤稲満さんから、この情報をお聞きしたこと、また大槌町社協の菊池さんとの出会いがあったことで、先方の責任者の中村さんとスムーズに話ができ、ご一緒させていただくとともに、イベントを盛り上げていくことになりました。

みんな続々と集合・再会!

「パレスチナ子どものキャンペーン」さんが用意したのはサンマ焼き、スルメ焼きの提供、さらにマッサージや子ども達と一緒に遊ぶことでした。当団体はこれまで同様、盛岡地域若者サポートステーションとの連携で、子ども向けにフランクフルトや駄菓子、新たにアクセサリーづくりを行いました。アクセサリーづくりは、出張を依頼されるほど好評でした。

9時の待ち合わせには、高校生は現れず、小学校の玄関前にあるベンチで時を過ごしていると、仮設で暮らす方々がぽつりぽつりとやってきます。挨拶を交わし、今日の気候の話、どこから来たのか、今日のイベントのことなどたわいもない話をしながら、言葉を交わしていました。すると、翔君から連絡が入り、「今どこですか」「もう小学校にいるよ」「じゃすぐに行きます!」と、あっという間に翔君が姿を現しました。

翔君も輪の中に混ざり、「久しぶり」「元気にしていたか」「今日は、高校生は何人来るのか」などなど、会話が弾みます。そうこうしているうちに、搬入のトラックがやってきて、鉄板、網焼き、ドラム缶を利用したバーベキューコンロなどの荷下ろしを行いました。大人に混じって、若い力が加わると不思議と活気が出てきます。

その後、サンマ、イカの搬入もあり、下ごしらえは、漁師の奥様方が手際よく進めていきます。まさに水を得た魚のように、気の遠くなるような作業を、和気あいあいと楽しげに行っていきます。こうして何か集まって、何か行動する機会がとても大切なことを感じます。久しぶりの再会をした方々も多いようで、「元気にしていたか」などの声があがります。そんな光景からも、集まる機会の必要性を感じました。

その後、海斗君が登場し、子ども達と走り廻っていました。次回のイベントがちょうど修学旅行と重なり、参加できないとのことでした。「残念だ」といっていましたが、一端はあきらめた修学旅行も、愛媛の方々のご厚意で、招待していただけることになったそうです。「みかんしかイメージがない」といっていましたが、いい表情を浮かべていました。

そして現地調査へ

太地君は、学校での試験と重なったため、小学校への到着は14時とのことになったので、先に、現地調査に訪れることにしました。大槌町社会福祉協議会に向かい、菊池さんと再会しました。大槌町での子ども・若者に関する活動の近況など情報交換を行いました。高速料金が無料となる「災害派遣等従事車両証明書」や共催名義使用の申請に関することなど、お願いごとも含め、有意義な時間となりました。

また「立ち上がれ ど真ん中 おおつち」の皆さんは、同日東京銀座で開催のイベントに参加する旨でしたので、前回たどり着けなかった事務所の探索に向かいました。しかし今回も見つけることができず、残念でした。

さらにJAの敷地内にある「産直結ゆい」を訪れました。地元の生産者の皆さんと町内のみなさんを結ぶ場所として、7月から開設されたそうです。町内だけでなく 大槌産の農林水産物を広く全国にPRすることも事業計画にいれているとのことでした。元気な大人の存在が、高校生のモチベーションにつながること、また地域のなかで支える大人の理解者となっていただけることに期待しています。

小学校に戻ると、太地君に、鈴奈ちゃんとも会うことができました。29日に向けた打ち合わせを行い、3人のメンバーが宿泊は可能ということになり、高校生間の交流も、子どもたちとの遊びイベントも、よりよい活動になりそうです。いつも来るたびに、時間が足りないと感じます。

私たちが安渡を訪れるたびに、高校生が集まり、高校生自身もメンバーと久しぶりの再会をはたし、近況を伝え、情報交換を行うとともに、たわいもないおしゃべりで、盛り上がります。そんな楽しい時間だからこそ、足りないと感じるのかもしれません。

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    石川 隆博 (いしかわ たかひろ)プロフィール

  • 1968年神奈川県横須賀市生まれ。
  • 1995年阪神淡路大震災後、現地でボランティア活動を行う方々の支援募金活動を行ったメンバーとともに、8月に神戸市東灘区を中心に公園で「移動公民館」活動を行いました。
  • その経験から、東日本大震災後、4月に「被災地の子どもを支援する神奈川市民の会」の現地調査および第2次隊に参加して、宮城県気仙沼市で活動を行いました。5月から神奈川大学東日本大震災「ボランティア駅伝」での学生引率も行いました。その後、当法人で行っている被災地支援に月に1,2回のペースで足を運んでいます。

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ピアサポーター・ユースワーカー・現地調査担当
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大槌便り:第四章 一生の友だちになりたい

今回は、8月2日の子どもまつり、8月25日、広尾高校で行われた振り返りの様子をDVDにまとめた映像をアジトの面々に見てもらいました。

広尾高校からは「話し合いができなかった」、「時間が少なかった・・・」、「メール交換はしたけど、話していないから返信は・・・」満足度も参加者それぞれで大きな開きがありました。

印象的な言葉は「一生の友だちになりたい・・・。」そんな想いがお互いを紡いでいくのだと思います。

アジトでは、広尾高校生が思った感想とは異なり、「意外と話せた」という声もありました。ただ到着時間が遅れたことや片付けやレクリエーションに時間が取られてしまい、交流の時間が少なくなってしまったのは事実でした。

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10月29日に再び広尾高校生が安渡小学校を訪れることになります。今度は交流メインでの活動にしたい、そんな声があがっています。アジトの面々が企画を考えてくれることになっています。案として「ピクニック」「バーベキュー」「室内ホッケー」などなど挙げてくれていました。アジトの話し合いの様子や広尾高校へのメッセージをビデオに収めさせてもらい、広尾高校で見てもらうことになります。

今回も盛岡地域若者サポートステーションの新田さん、佐藤さんに同行していただき、ベーグルづくりを行いました。粘土ねるように強力粉を練り、形をつくり、焼き、思い思いの食材を挟んで食べました。もちもちとした食感、そして意外と腹持ちがいいのにびっくりでした。太地君は塾に、また翔君は試験中ということもあり、早々に引き上げることにしました。

翔君から「安渡小学校に久しぶりに来た」といわれました。仮設住宅に暮らす翔君も安渡小から自転車で30分ほど離れたところにいます。「僕は、同級生と話が合わなくて・・・、子どもや年輩の人と話すのが好きだった」と語ってくれました。「ここ(安渡小学校避難所)で、同世代の友だちができた」とも話してくれました。私たちが来ることで、再会できる友だち、地域があるのかなと思いました。

その後、新聞で見かけた「立ち上がれ、ど真ん中 おおつち」事務所を訪れる予定でしたが、場所がわからず、代表の芳賀さんにお電話したところ、わざわざお越しいただき、路上でお話しをさせていただきました。活動状況や様子などを伺いました。とても親切に、そしてまっすぐな想いに心打たれました。

また、大槌社会福祉協議会を訪れ、子ども支援を担当されている菊池さんにお会いしました。私たちの取り組みに共感いただくともに、今後の活動では力強い仲間をえたような感じになりました。

希望の空

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大槌便り:第三章 安渡子ども まつり

8月1日 21時に恵比寿を出発し、バスで一路安渡小学校を目指しました。高校生を含む同乗者が15名。2時間おきの休憩(ここで運転手さんが交代になります)、段差のある東北道では、熟睡とはとはいきません。しかし高校生の体力はさすがです。緊張もあったかもしれませんが、おしゃべりに花が咲いていました。

朝方は肌寒く感じ、一枚羽織らないといけないぐらいでした。前沢SAで朝食を取り、釜石道を抜けて、遠野市から仙人峠道路を通り、釜石市街地に入ります。

釜石駅を過ぎ、大渡橋を抜けると眼前に、目を疑いたくなるような悲惨な光景が飛び込んできます。高校生は言葉を失い、自分の目にこの光景を焼き付けるかのように乗り出しながら見入っていました。沿岸から離れ、高い位置にくると津波の被害がなくなり、震災前とは変わらない光景が広がることも、大きな衝撃となりました。両石地区では、破壊された防波堤の跡、壊滅的な鵜住居地区、そして大槌町の光景と次々に目に入ってきました。

大型バスであったので、安渡小学校入口で下車し、歩いて安渡小学校に向かいました。
実際に自分の足で津波の痕跡の残る土地を歩きました。バスの中にはない360度に広がる世界です。

安渡小学校に着くと、アジトの面々が出迎えてくれました。ぽっかりあいた空間がそれぞれの距離を感じさせました。互いに緊張ぎみ、気恥ずかしさもあったと思います。たどたどしい自己紹介。そしてそれぞれ「安渡子どもまつり」の準備に入りました。縁日のような雰囲気で、飲食コーナーは焼きそば、焼き鳥、焼きトウモロコシ、かき氷、綿あめ。ゲームコーナーはストラックアウト、バルーンアートを行いました。

このまつりは、アジトの高校生グループを交えて企画しました。渋谷で居場所づくりをしている「渋谷ファンイン」の支援者も加わり、東京からは総勢20人ほどが訪問しました。

子どもたちが集まり、一緒に遊びました。アジトのグループは、その日のために、自分たちの仲間や小中学生にチラシで広報をしてくれたこともあって、たくさんの子ども、大人が集まりました! 

「久しぶりにいい一日になった。笑顔が戻ってきた」「ここの高校生が頑張って子どもたちを集めてくれたおかげ・・・」地区の人々から久しぶりに高校生グループへの感謝の声が聞こえてきました。

7月いっぱいで避難所が基本的に閉鎖になりました。避難所だった教室には保育園が開設されていました。「避難所だった体育館が使えるようになったので、これからもスポーツやイベントなどをしてほしい」・・・子どもの元気は地域を明るくします。地区の人々の心からの声のように聞こえました。

時間が経つにつれて、お互いの距離が縮まり、子どもたちともに、ドッジボールを行いました。楽しい時間はあっという間に過ぎていきました。

「もっと時間があればいいのに・・・」なごり惜しい気持ちをもちつつ、お別れの時を迎えます。物理的な距離を縮めるためでしょうか、メール交換会となりました!赤外線通信が力を発揮していました。そしてバスに乗り込み、本日の宿泊先になる盛岡市玉山区日戸に向かいます。

だいたい3時間かけての移動です。サポステの方々の計らいもあり、高校生と先生は民泊することになりました。また夜はバーべーキューをしていただけるとのことでした。

着いたのはキャンプ場、地元の食材満載です。民泊先を紹介して、顔合わせ、交流を行いました。あいにくの雨中となりましたが、キャンプファイヤーもしていただき、大いに盛り上がりました。

翌朝9時までの短い時間でしたが、朝食でも地元の食材や朝取り野菜、それぞれお土産までいただき、なかなかできない体験をしました。お別れに「さよなら」の方言として「あばやー」を教えていただき、「あばやー」と声を掛け合い、玉山区日戸を後にしました。

安渡子どもまつりのチラシです。

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ピアサポーター・ユースワーカー・現地調査担当
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日本財団ROADプロジェクトでの活動

笑顔は忘れない

活動を決めた大槌町安渡地区

活動を決めた大槌町安渡地区

 日本財団ROADプロジェクトの助成を受けて被災地への支援活動を始めるにあたって、現地を訪問したのが5月の連休明けでした。当初は、特に甚大な被害を受けたと報道されていた宮城県石巻市での炊き出しを計画していましたが、岩手県沿岸部の陸前高田、釜石、大槌等の市町を訪ねる中で、都市部から遠い岩手県沿岸部は支援の手も届いていないこと、それ故に置き忘れたかのような被害の深刻さと出会うことになり、復興への時間の長さを思い知らされました。

 当法人は、「中高校生の居場所」を、地域の日常性の中に作ることをコンセプトにしてきた団体であり、その活動を土台に困難を有する若者を支援しています。その延長に今回の被災地支援を考え、「炊き出しと、子ども・若者の心のケア」を目標に取り組むことにしました。

 一方、いくつかの都立高校で、「奉仕」の授業で高校生と社会(世の中)をつなぐコーディネートを数年にわたって行ってきました。今年度は、学校と一緒に東日本大震災について考え、伝えることをテーマで実践することにしました。

 その一つに、朝日新聞の記事「いま子どもたちは 震災を生きる」から、大槌町安渡小学校の避難所でボランティア活動をする、高校生グループ「安渡青年協力隊(アジト)」の存在を知りました。「同世代のつながり」の重要性から、広尾高校生とのメッセージの交換と交流をコーディネートすることになりました。

体育館で遊ぶ子どもと高校生

体育館で遊ぶ子どもと高校生

 アジトは、釜石高校2年生の佐藤太地君を代表に安渡小学校卒業生の10代5人で結成し、校舎の雑巾がけ、物資の運搬、朝夕の炊き出しの手伝い、夜の防犯パトロールを行うなど避難所の仕事をしてきました。また子どもたちが遊んだり、
学習できるスペース(テント)に顔を出したり、避難所で暮らす子ども達の遊び相手になっていました。

 サッカーゴールを活用した簡易拠点があり、活動以外の時間を過ごせる場をもち、テレビを見たり、たわいもないおしゃべりをしたり、それぞれが支えあう機能を果たしていました。しかしながら、私たちが初めて伺った6月18日の時点では撤去され、教室内の一部に移転していました。

 佐藤君によれば、この活動のきっかけは実兄の影響とのことでした。3月11日、佐藤君は高校に行っていて、直接津波を見ていないそうです。学校で一夜を過ごし安渡の地を踏むのは翌日でした。その間兄は、大人に混じり率先して避難所での支援活動を行っていました。4月からアメリカに留学が決まっていた兄は、後ろ髪引かれる思いを、佐藤君にバトンをつなげ、旅立ちました。「津波を見ていないから自分は明るくしていられるんじゃないか」と自責にかられ、夜に動画サイトで津波の映像を探したこともあったと聞きました。仲間には家を流され、同級生や後輩を亡くした者もいる。様々な気持ちが交錯するなかで、「みんなでこうしていれっから、つらくないのかもしれない」、お互いが支えあい、助け合ってきました。

メッセージを手渡す

メッセージを手渡す

 広尾高校1年D組作成のメーセージを手渡した時、「うれしいっす」とはにかんでいました。同世代との交流がスタートしました。新しいアジトの拠点に貼ってくれるとのことでした。今後も炊き出しに伺うとともにメッセージを届けることを約束しました。

 7月3日の炊き出しでは、現場の大人の指導に従って、様々なことに挑戦していることを知りました。私たちが持ち込んだ切り身の魚を焼きます。焼き加減や魚を返すタイミングなど指示が飛びます。大人の叱咤激励に、みるみる内に腕が上達していきます。炊き出し後の机の片付けはアジトの日課で、手際がよかったです。若い力を発揮する一方で、AKB48の話題で盛り上がり、顔を火照らしていました。どこにでもいる高校生だと気づかされれます。

焼き魚を手伝うアジト

焼き魚を手伝うアジト

 7月23日の炊き出しの時は、釜石商工高に通う高校3年生の佐藤翔君が参加してくれました。卒業後の進路で地元の水道会社を受験することを決めたと伝えてくれました。いろいろな選択肢があるなかで、同級生・小中学生のモデルとなる行動になるかもしれません。

炊き出し活動

炊き出し活動

模擬店 焼きそば

模擬店 焼きそば

模擬店 焼きトウモロコシ

模擬店 焼きトウモロコシ

ストラックアウトを楽しむ子ども

ストラックアウトを楽しむ子ども

 8月2日、広尾高校生7名、教師2名とともに、安渡の方々の笑顔取り戻す活動と位置づけ、出店の運営と高校生間の交流を目的に「子どもまつり」を行いました。炊き出しでのアジトの面々の動き、そして今回の広尾高校生の動き、大人の中で叱咤激励されながら、顔つきが変わっていく、逞しくなります。お客さんが来て、言葉を交わせば笑顔が溢れます。「おいしかったよ」の声に自信も溢れます。怒濤のような出店運営の時間がすぎ、片付けも終わり、高校生間の交流を行いました。体育館で、小中学生も交え、ドッジボールをしました。それぞれがメールアドレスを交換し、屈託のない笑顔が浮かびます。緊張も解け、さあこれからというときに別れの時間となるのがもったいなかったです。

ドッジボールの戦況を見守る

ドッジボールの戦況を見守る

メール交換する高校生たち

メール交換する高校生たち

 広尾高校生は眼前に広がる光景に言葉を失い、大きな衝撃を受けていました。佐藤君は「震災のことをいっていくのも仕事かなと思うから」と言ってくれています。これから本格的な交流がはじまります。

 安渡小学校では、7月末で多くの被災者が仮設住宅に移りまいした。災害本部長佐藤稲満氏によれば、「8月10日は完全に災害本部は閉鎖になる」とアジトは活動拠点を失うことになります。安渡小学校には100世帯が入居する仮設住宅が建ち並んでいます。炊き出しでお世話になったお母さん達に話を聞けば、20分離れた仮設に入居しているとのことでした。安渡地区を離れ、生活を送られています。安渡小学校には250人もの方が身を寄せていました。みんなどこに行ったのかわからない。わかるのはごく一部だそうです。そんな声に地域の寂しさがありました。

 佐藤君は「場所があれば、メンバーで集まりたい。」と話してくれています。アジトの動きは、将来の就職や生活への不安から、落ち込んでしまった高校生もいる中で、仲間と一緒に地域のボランティア活動をしながら、故郷再生に希望をつなぐ高校生と感じます。そして彼らを慕う小中学生がいます。彼らの活動を支える地域の大人が必要になっていると感じます。

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大槌便り:第二章 人のもつ力

 台風の影響か、涼しいというよりもむしろ冷え込んで、朝方は14度ぐらいの気候でした。23日には、遠野市で震度5弱を観測する余震がありました。改めて自然の力に翻弄されることを実感しました。

 前回同様、盛岡市内の若者チャレンジ合宿所で1泊し、早朝に大槌町に向かいました。炊き出しは、前回同様焼き魚をメインに、汁物はサポステで豚汁と決定し、下ごしらえに入りました。前回4日に「次回は何を食べたいですか?」と聞いて歩くと、「今回と同じでいい」という声が多く聞かれました。「魚は毎日食べていたんだから・・・」、「おいしかたったよ」といわれました。魚を持って来るのが使命のように感じられました。また喜んでもらいたい、そんな気持ちでいっぱいでした。

 今回は、プロのおじさんが仕込みから協力してくれました。「塩ふりして、27時間かけてゆっくり解凍し、味をしみこませるんだよ。」そういうものなのかと居合わせた方々は感心し、奥深い世界を知りました。今回はとてもそんな時間はないけれど、手間暇かけた焼き魚を食べてもらいたい、また自分も食べてみたいなと思いました。プロのおじさんだけではなく、顔なじみの方が増えたように感じました。自然に和ができ、話も弾みました。サポステのメンバーと今回初参加の太田、阿部、山田さんが野菜を刻み、近づくハエと格闘しながらの作業でした。

 今回、大槌町出身の歌手佐藤ひろ美さんが、町を訪れる日程と重なり、ご一緒することになりました。ひろ美さんの事務所が渋谷区内にあることがご縁となりました。

 午前中には劇団四季の方々が訪れ、歌を披露することになっていました。多くの方々が暮らしていた体育館も役割を終えて、新たに劇団四季を見ようとする方々が集まっていました。災害本部長の佐藤稲満さんの娘さんとひろ美さんが同級生という事もあってか、当初午後に予定していたひろ美さんの歌の披露を、「多くの人に聞いてもらえる時がいい」ということで、劇団四季に引き続き行う事になりました。

 ひろ美さんの時間は「歌」と「語り」でした。行方不明になっている父親のこと、大槌町への想い、自分の想いを語りかけ、80才のお婆ちゃんがひろ美さんに声をかけました。同じ悲しみ、苦難に遭遇した者にしかわからない感情が、居合わせた方々の共感を呼んでいました。思わず涙が溢れ、握手を求め、抱き合い、肩をたたき合う、そんな光景が広がっていました。ひろ美さんから「想いはあっても地元の人とどう関わっていけばいいかわからなかったから、いい機会になりました。」といっていただいきました。

 私たちにとっても大切な出会い、人のもつ力を感じました。

大槌町出身の歌手佐藤ひろ美さん

佐藤ひろ美さん(岩手県大槌町出身シンガー)
*ピアサポとの関係
安渡小学校での高校生グループとのかかわりを通じて、大槌町での活動を決めた私たち。検索サイトで「大槌町」を調べると「がんぱぺっし 大槌」という大槌町復興支援サイトに出会いました。さらにどんな方が立ち上げたのか調べていくと・・・、なんと事務所が渋谷区に。
同じ渋谷区同士というご縁で、7月24日にミニライブ&トーク(今回の記事)を安渡小学校で行ってもらいました。私たちが大変お世話になった安渡小学校避難所の災害対策本部長の佐藤稲満さんの娘さんと同級生だったこともその時にお聞きしました。その後、赤い羽根「災害ボランティア・NPO活動サポート募金」助成事業で「被災地で中高生の居場所をつくる実行委員会」の実行委員をお願いしています。

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ピアサポーター・ユースワーカー・現地調査担当
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大槌便り:第一章 「お魚をお持ちしました!」

 6月18日、「刺身が食べたいな」「魚は食べてないな」「魚食べたい」避難所内外でそんな声を多く耳にしました。とにかく何があっても「魚をやろう」という覚悟を決めて、盛岡地域若者サポートステーション(以下:サポステ)の新田さんを通じて、鮮魚店をあたってもらうことになりました。

 炊き出しではメインに鮭の焼き魚、汁物として、サポステが炊き出し活動を行った際に好評だったさつま汁を作ることにしました。

 7月4日、宿泊先となった若者チャレンジ合宿所を早朝5時半に出発し、6時に鮮魚店から切り身を受け取り、一路、安渡小学校に向かいました。安渡小学校には9時に到着し、調理場を貸していただき、汁物はサポステを中心に調理を始めました。初参加の山名さん、辻本さんには、汁物の下ごしらえをお願いし、大量の野菜と格闘していただきました。

 切り身には塩をまぶし、2時間ほど置き、その間に付け出しのレタスを洗い、準備を進めました。バーベキューコンロをフル稼働させ、11時半から焼き始め、調理場責任者に声をかけられた高校生が焼き魚を担当してくれました。また水産加工業者で品質管理を行うプロの方にお手伝いいただきました。いろいろな方にかかわっていただき、言葉を交わし、そうしたなかから3月11日以降の暮らしに触れる機会が生まれていきました。

 手伝ってくれた高校生の吸収力にはびっくりしました。大人からやり方を教わり、見よう見まねで始め、ポイントごとに大人から声がかかります。それをしっかり受け止めて、どんどんとひとりで進められるようになっていきます。その間もやさしく気にかける大人の視線があり、それがなんともいい雰囲気でした。

焼き魚(鮭の切り身です)

焼き魚(鮭の切り身です)

 支援する側、される側ではなく、みんなで一緒に250食分を作り、分担して食事を配ります。「これから食事をくばりますので、お集まりください」と放送がながれると体育館、教室から多くの方々が食事を取りに出てきます。手を合わせている方、「ありがとう」と声をかけてくれる方、「今日はお魚をお持ちしました」と理事長が挨拶をすると、驚いたような「おっー」との声があがりました。

 食事を配りはじめると、家族の人数を伝えてくれます。「今日はお魚だから・・・」といいながら、笑顔を浮かべてくれる方、「ありがとう、ありがとう」と頭を下げる方など、なんだか照れくさい感じがしました。

 片付けも終わり、災害本部のあるテントに挨拶にいくと「久しぶりに魚を食べました、ありがとう」と涙を浮かべて「みなさんも喜んでいると思います」と感謝されました。

 喜んでいただけたことが、とてもうれしくて言葉にならない、そんな炊き出し活動でした。

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ピアサポーター・ユースワーカー・現地調査担当
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